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いま「リオ+20」の夢と現実を見ている! – 現地レポート特別寄稿(1)

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 いま「リオ+20」の夢と現実を見ている!(会期途中報告)
                  古沢広祐 (6/19、2012)
                  「環境・持続社会」研究センター(JACSES)代表理事
                  Rio+20地球サミットNGO連絡会幹事
                  国学院大教授(環境社会経済学)
                
 地球サミット1992から20年目、国連持続可能な開発会議(リオ・プラス20)が再びリオで
開催されたことは、混迷を深める現代社会にきわめて意義深いものとなるはずである。だが、いまこの会合に参加しながら、かつて20年前に参加した地球サミットの熱気と盛り上がりを夢の世界のごとく思い浮かべつつ、重たいため息をつかざるをえない心境に落ちいっている。

20年前地球サミットは、世界およそ170カ国からのべ4万人を越える人々が集う当時としては史上空前のイベントとなった。当時、政府間の本会議に並行して開催されたNGO会合(グローバル・フォーラム)に参加したが、そこでは国家利害や国境の壁を乗り越える、「地球市民の登場」とでもいうべき新たな時代の幕開けを強く感じることができた。今回は5万人の参加とのことであり、人数的には上回る規模とされる。だが、20年前のような心を躍らす雰囲気と比べると、郷愁もあるとは思うが、やはり当時の盛り上がり方とはほど遠いというのが実感である。

いま思えば、地球サミットで目指されたことは、まさに21世紀社会への人類的挑戦だったといえる。東西対立の冷戦体制が終わり、南北(貧困)問題と地球環境問題に対して人類が一丸となって立ち向かう新時代の幕開けを感じさせる雰囲気が漂っていた。当時は、EU統合が進展して米国一極集中からの脱却とともに、環境の世紀をリードする強いリーダーシップが存在感をもって力を発揮したのだった。

しかし、今回はそうしたリーダーシップは影も形もないかのように見えて仕方がない。欧州自体がギリシャをはじめとする財政危機に翻弄されており、米国自体もリーマンショック以来の金融破綻の後遺症に苦しんでいる。日本を含め先進諸国の苦境の一方で、急速に台頭しているブラジル、中国、インドであるが、国内の貧富格差や環境問題、社会問題などをみる限り、これまでの先進工業国を上回る矛盾を抱えたまま従来通りの発展幻想を抜けきれないでいるかにみえる。それは会議におけるG77+チャイナの発言や問題設定の置き方などにおいて感じられるが、地球社会の今後をリードするような気概などは正直なところ感じられない.

実際、リオ+20の会議状況(準備会合と合意文書の進展)はなかなか進まず、最終段階の政治文書でも具体的成果が見えにくい事態が進行している。とくに持続可能な開発・発展をめぐる道筋をつけるための2つの柱、持続可能な発展と貧困解消につながるグリーンエコノミーと、国連組織改革を含む国際的制度枠組みについては、方向性の提示に留まり検討課題は持ち越されたままである。最後の土壇場での急展開を期待したいところだが、問題先送り的事態も予想されることから、まだまだ余談を許さない。

いま世界が直面する厳しい現実を前に、まさに夢から覚めて、20年を経ても見通せない困難な時代状況の重さと大きさに圧倒されそうになる。しかしながら、リオ92地球サミットで花開いた希望の光を消さないよう、
リオ+20会議の動向を最後まで見守っていきたい・・・・。 (6月19日朝)